2009/07/04 23:42
某所でバトンを見つけてきました。おもしろそうだったのでやってみます。例により、追記にコピー&ペースト用がありますので、もしよろしければお使いください。
Q1もし朝起きたら幽霊になっていたら?
驚くとは思いますが、びっくりしたまま固まっていても仕方がありませんので、死因の究明に取りかかりたいと思います。もともとこの世に未練はありませんし、だいたい自分の死に納得できたら、あっさりと成仏することでしょう。
はい、次の人生いってみよー。
Q2デスノートを使えるとしたら?
神になる。
冗談ですが。人間である以上、神になることができないことくらい、わかっているつもりです。せめてLには勝ちたいところですけれど。Lは嫌いなキャラクターではないのですが、負けたくはないのよね。
私は人を殺したいと思うことはありませんし、そもそも人と自分とが対等であるとみなしているのであれば、人の命を奪うなど考える余地もないはずですし、人殺しにもなるつもりはありませんし、誰かが悪用しても困りますから、ノートは焼却処分するのが望ましいと思います。
もし私が『DEATH NOTE』の主人公だったとしたら、リュークとの出会いもそこそこに、ノートを拾ってすぐにハッピーエンドで幕となることでしょう。
Q3すごく小さい人間と大きい人間になれるとしたらどっち?
小さい人間かしら。大きい人間になったとしても、地球が狭く感じるだけでしょうから。小さくなれれば、これまで見てきた世界とはまた違った世界が見えてくるでしょうし、それはなんだかとても楽しそうだと思うのです。
Q4凄く嫌いな人があなたに「助けて」と言っている。どうする?
嫌いな人は今のところいませんが(少なくとも近くには)、もしいたとしても、助けるでしょうね。人を助けるのに、理由など考える暇もなく、身体が勝手に動いてしまうのではないでしょうか。ふつうは嫌いな人なんて助けたくないものなのでしょうし、嫌いな人が不幸な目に遭ってざまあみろと思うものなのでしょうし、私のことを嫌っている人がいたとして、その人が私を助けるとは思われませんけれど。
かえってその逆のことを考えてしまいました。私は自分の嫌いな人に対して助けを求めることができるだろうかと。まずないでしょうね。嫌いな人や、あるいは自分を嫌っている人に助けを求めるくらいなら、死んだほうがましであると考えることでしょう。
その困っている状況が生死にかかわるかどうかはわかりませんが、まあ、だめもとで助けを求めるだけ求めてみますか。
「あのー、すみませーん。差し支えなければでかまわないのですが、もしよろしければお力を貸していただけませんか。もしご助力願えなければ、このまま死んでしまうかもしれないのですが、この世に未練はないので私はそれでもかまわないのですが、あとはあなたの気分次第で、気が向かれたら助けるというのもありかもしれませんよ」
これ、助けを求めているのかしら。危機に瀕したとき、死ぬときは死ぬのですから、助けを求めることばかり考えていないで、腹をくくる覚悟も必要だと思うの。
Q5テレビの中に入っちゃった…どうする?
入ってしまったものは仕方がありませんし、しばらくテレビのなかを冒険したあとで、出る方法を探します。出られなければそこで生活する手だてを考えます。長期戦も覚悟の上です。それでも、最後まで出ることをあきらめないと思います。テレビのなかがどれほど快適であっても、現実世界にはかなわないと思いますから。
Q6今地震が起きたら?
地震は苦手です。地面が揺れるのがどうしても落ち着かないのです。子供の頃は地震の多い地域に住んでいたのですが、揺れていることを意識しないためには自分も身体を揺すっている必要があると私なりに考えて、よくそれを実践していました。さすがに今ではいちいちそんなことはしませんが、うろたえながらおさまるのを待つと思います。
そういえば、2000年問題のときは、停電するかもしれないからと、懐中電灯を点けたまま年明けを待ったものです。電気のついた明るい部屋のなかで。結局何も起こらなかったので、まぬけぶりと備えのむなしさとをさらしただけで終わりました。
脱線してしまったわ。どうして今そんなことを思い出してしまったのかしら。
Q7朝起きたら目の前真っ暗!!どうする?
うろたえていても仕方がありません。ここは冷静に考えましょう。まず母に相談します。
「起きたら目の前が真っ暗だったのだけれど、私はとりあえず眼科と脳神経外科を受診したほうがいいと思うの。じゃあ、行ってきまーす」
それ、相談?
すでに私のなかで結論は出ていたようです。何かが目を覆っている状態に私が気づかないだけだとしたら、そんな発言をすること自体が恥ずかしいかもしれませんけれど。
Q8一番欲しいものをあげる。といわれたら?
裏がありそうですね。ほしいものがあったとしても、人からもらうという方法は最初から考えていません。苦労してでも自分で手に入れるからいいですと答えます。
Q9未来と過去にいけるならどっちを選ぶ?
過去もいいですが、未来を見てみたいような。
ですが、未来を見てしまったら、見たままの未来になるということですから、それも決められたレールの上を歩くようで嫌ですし、未来は未来のための楽しみにとっておきたい気もしますし、それなら過去にしておきましょうか。
ですが、過去は私のなかの記憶でしかありませんし、事実そういうものだと思ってきました。確かに、過去を見ることができれば過去に起きた出来事そのままを見ることができます。ただ、正確な事実が知りたいのかというと、私はそれを望んでいるわけではないような気がしてきました。それは今ではもう見ることも変えることもできないもの、できないからこそ過去なのだと思うのです。
そもそもこの二択は私には選べないものなのかもしれません。私には現在しかないのでしょう。それで十分です。
2009/07/01 23:20
うふふ。男性の閲覧者の方々にはすみません。
やってしまいました。 やっぱり乙女はこうでなくちゃ。ピンク大好き。
というわけで、3ヶ月ぶりくらいにテンプレートを変更しました。ついでに、久々にいくつかデザインしてみました。もともと趣味で作りはじめたテンプレートでしたが、たまたま共有申請してみて味をしめたようなもので、アクセス解析を見てみても、テンプレートに興味をもたれて当ブログに立ち寄られる方が多いことに驚いています。ときどき感想をいただいたり、リクエストをいただいたりして本当に嬉しく思っています。
最初に、これまでにリクエストをいただいたことに関して、今後の予定を書いてみたいと思います。
・3カラムのテンプレート:ただいま修行中です。これまでにデザインした2カラムのテンプレートをリメイクする予定です。
・携帯用のテンプレート:これも今までにデザインしたもののリメイクにするつもりですので、パソコン用と携帯用をおそろいにすることも可能です。
・黒背景のテンプレート:気に入った素材が見つかり次第、作る予定です。自作素材という方法も検討中です。
それから、今月分として公開しようと思っているのは以下の6作品なのですが、簡単に意気込み(?)を説明したいと思います。ページが重くなりそうですので、画像は追記に載せてあります。
1. art_gallery(累計16作目)
ヘッダー部分にポラロイド風の写真をペタペタと貼っただけのシンプルな作りです。写真は、素材サイトさんからお借りしてきたものを、加工して使わせていただきました。お好みで写真の数を増やしたり減らしたり、順番を並べ替えたり、また画像にログインページなどよく使うリンクをはったりするなど、いろいろな使い道があるかと思いますので、ぜひお試しください。写真がなければかなり殺風景になりますが、それも一興。
2. bird_wark(累計17作目)
鳥の写真だけ、また背景の水玉だけでもいいかとも思ったのですが、両方を合わせて夏らしく明るくいきました。いまいち鳥を活かしきれていないような気もするのですが、デザインセンスのなさは今にはじまったことではありませんし、今後の課題ということで、精進したいと思います。背景の水玉は、色とりどりで、背景色や文字色など何通りも考えついたので、最終的にどれにしようか迷ってしまいました。細かいところはお好きなようにアレンジしてお使いください。
3. ember_last(累計18作目)
モノトーン風にするのも、全体を少ない色でまとめられるので、デザインしやすかったです。写真を見た瞬間にそのようなことを思いついたので、思いきってやってみました。黒と赤とバラの組み合わせはなんだか情熱的。やはり夏ですし(夏関係ないから)。今月はバラをモチーフにしたデザインばかりのような気もしますが、たぶん気のせいよね。
4. sky_box(累計19作目)
これも、作っているうちになんだかポラロイド風になってしまったのですが、ワンパターンですみません。それもさわやかでいいかしらと思って、開き直っています。青いところが夏らしいかもしれません。何にでも夏をこじつけているようですが。
5. canary(累計20作目)
黄色なんて滅多に使わないのですが、あまりにも美しい黄色のバラだったので、ぜひ黄色を活かしたデザインにしたいと思いました。メインの背景色は濃い赤にして、本当はもっと赤が目立ってほしかったのですが、よく見るとあまり赤く見えないような気がしなくもないというか何というか。ちなみに透けます。すけすけです。IE, Firefox, Safariなど、多くのウェブブラウザに対応しているはずです。
6. pale_rose(累計21作目)
これはほとんど自分専用のつもりで作りました。黄色のバラのと色違いです。同じ写真を使わせていただいたのですが、こちらのほうはピンクに加工しました。むしょうに乙女チックなピンクのにしたかったのですもの。本当は水色バージョンも作るつもりだったのですが、なんだか変だったので断念しました。ご希望があれば、がんばって作ってみたいと思います。
なお、毎度書いていますが(書いたかしら)、カスタマイズは自由ですし、利用規約などという堅苦しいものもありません。何か不具合なり質問などがありましたら、手近なテンプレート関連の記事にコメントをくださるか、メールフォームからメールをいただければ、なるべく早くお返事をさしあげられるよう心がけます。ご感想などもたいへんありがたいです。いつも参考にさせていただいています。
忙しくなければ、また来月のはじめ頃に新しいデザインを考案したいと考えています。デザインするときは、いつも季節感を大切にしているつもりなのですが、今回デザインしたものはどれも夏らしいようでそうでもないような気がしてきました。次こそは、うだるような夏の暑さを表現すべく、ひまわりなんていいかもしれないとか、やっぱり夏といったら竹林よね、とか、いろいろと妄想しては楽しんでいます。
今日の記事に書いたものはまだ公開されていませんが、そのうち公開されることと思います。過去にデザインしたものについては、
こちらからダウンロードすることができますので、気になった方はどうぞご利用ください。
2009/06/29 23:29
うちにはエアコンがありません。そういえば、私はずっとクーラーといっていたのですが、いつからエアコンという言い方が主流になったのでしょう。どちらにせよ、うちにはどちらもありませんけれど。私が思うには、地元ではそれほど普及しているようには見えないので、もしかしたら北海道でのエアコンの普及率はそれほど高くはないのかもしれません。
ちなみにこのような考え方には裏があります。裏というかなんというか。学部の頃に受けていた心理学の講義で、ある実験をやったときのことを思い出しました。受講者に、経験の有無や所有の有無を、あるかないかで答えさせてから、では、「周りの人の有無に関してはどうだと思いますか?」という質問にうつるのです。その実験結果からわかったことは、統計によれば、多くの人は周りの人たちも自分と同じだろうと思うらしいということです。私は心理学の専門家ではないので、詳しいところはわかりませんけれど。つまり、先ほど述べたエアコンの普及率についても、私も具体的な数値なり根拠があるわけではないので、そんな心理学の術中にはまっているだけなのかもしれません。
なぜうちにはエアコンがないのか。もし「もっている」ことが一般的に標準のことと考えられているのだとしたら、もってないことには理由が必要なはずです。理由ねえ……。
思えば、毎年夏の間は暑さに苦しめられているのですから、エアコンを買うという選択肢を思いつかないほうが異常だったと思います。いいえ、思いつかなかったのではないのです。とうの昔に思いついて提案したところ、それを真っ向から否定されたので、最初からその選択肢が除外されていたようなものなのです。
こういうとき、家族って
なんて邪魔……なんてめんどうな存在なのだろうと思います。否定さえされなければ、頭おかしいんじゃないのという責めるような視線にさらされなければ、私は自分の考えを押し通すことができたのに。自由に自分の好きなようにできたのに。夏の暑さなんておそれずに、エアコンをきかせた部屋のなかで、今頃は快適な生活を送っていたかもしれないのに。
否定意見なんてさしおいて、自分の意見を通すことができたらどんなによかっただろうと思います。それもやろうと思えばできたのかもしれませんが、いちいち家族に嫌味を言われたり、衝突したりするというようなストレスに耐える気力がなかったのかもしれません。それも悔しい話ですけれど。私は最初から衝突を避けて逃げていただけなのかもしれません。
ここは長年暮らし慣れてきた故郷とは違って、夏は暑いところなのです。引っ越してきたときから、そういえば冷房はずっとほしいと思っていました。いくら北海道といっても、夏場はやはり暑いのです。冬にストーブが必要なのと同じほど、夏もエアコンが必要なのではないかと私は考えています。
ですが、父も母も寒がりなので、夏の暑さはいくらか我慢できるのか、エアコンなどもってのほかだそうです。冗談でしょうと軽くあしらわれておしまいです。私はこれまでそれでも仕方がないと思ってきましたが、いまさらながら思いました。
どうして?
ここで問題となっているのは、親が感じる暑さの感覚ではなくて、私の感じる暑さの感覚であるはずです。
私は暑いのが嫌いなの。あなたたちではない、私がそう感じているの。あなたたちに必要のないものでも、私には必要なものなの。私の必要なものを、あなたたちが必要ないという理由で、必要ないものだと決めつけることができるというの?
私はそのことに気づきませんでした。反対されたからいいや、で終わらせていました。猫を飼いたくても親がだめっていうから飼えない、というレベルの話ではないのです。
暑いのが苦手な人間に、夏の間じゅう暑さに耐えろだなんて、よくいえたものです。親だって、独断で冬場は迷惑なくらいストーブをつけているのです。冬場に寒さを我慢しようともせずに、すぐにストーブに頼ろうとしているではありませんか。冬の間、一度でも、ストーブをつけずに過ごしてから言いなさいよ。
「あなたに必要なら買ったら?」なんてことは言わずに、自分に必要ないから買わない、と決めておしまい。決めるのはあくまで自分たちなのです。自分のことしか考えない、主観的にしか考えない、だから、人の気持ちなんてわからないのでしょうし、そもそも興味もないのでしょう。自分がよければそれでいいと思っているのでしょう。そんな人に合わせてなんていられません。
私も私で、いつまでも親に隷属しているようなところを改めるべきなのかもしれません。親は娘のこととなるとうるさいので、親の身勝手な言い分を聞いていては、私はやりたいこともできません。親はいつまでも、私のことを決めるのは私だということをどうしてもわかってくれそうにありません。意見が衝突するのは心が痛みますし、一般常識からはずれるというただそれだけの理由のために私が一方的に責められるであろうことは目に見えていますが、黙って言うなりになっているよりは、ずっといいと思いました。
嫌だと思う環境には誰だっていたくないものだと思います。そして、私はどうすればそのような状況から抜け出せるかわかっているのです。それならば、やるべきことはひとつしかありません。
2009/06/28 23:59
この間、学校で撮った写真です。
私の通っている大学には、思わずシャッターを押してしまいたくなるような絶景ポイントがたくさんあります。大学自体が観光地のようになっているので、そのおかげなのか芝生の管理も行き届いているのかもしれませんが、ただ人通りが多くて、観光客でもない地元民が写真を撮っているのも変な気がして、気後れしてしまってなかなか撮れません。これは貴重な1枚です。
これからの季節には、芝生の上に転がってひなたぼっこをする人もたくさん出てくるので、よけいに写真が撮りづらくなりそうですが、いつ見てもいい景色です。通学途中、毎日見とれてしまいます。こんな大学に通える自分はしあわせ者だと思いたいところですが、無駄にキャンパスが広いところだけどうにかしてほしいものです。正門を通過して、毎日ここを10分もかけて歩かなければ研究室にたどりつけないのは、ときどき悲しくもなります。体力だけはついたと思いますけれど。ムキムキよ(冗談です)。
写真:大学の構内(クリックすると拡大します)
2009/06/26 23:40
私はこのブログを「日記」のカテゴリーということで設定していますが、果たして本当に日記を書いているのだろうかとときどき疑問に思います。
思えば、もともと飽きっぽく、何も習慣化できないような私は、昔から「日課」というものにあこがれていました。そこで思いついたのが日記だったのですが、意識して日記をつけはじめたのは高校生あたりからだったでしょうか。幼い頃から、そういえばノートに書く癖はありましたが、その頃のものを見ると今でも笑えます。おかたづけをしているときに、引き出しの奥にたまたまそれを見つけて、おかたづけも忘れてしばし思い出に耽っていました。
幼い頃の日記(?)は、父に教えてもらった虫や鳥や植物の名前を書き連ねるだけのものでした。父は自然観察が趣味で、週末にはよく山や川へ連れていってもらったのですが、そのようなときは見たものは当然たくさんあるわけで、日記(?)もにぎやかになりました。ですが、平日は「アリ」「ハエ」「ワラジムシ」「クモ」「カラス」などという、だいたい決まった顔ぶれでした。
そのノートよりも笑えたのが、挟まっていた紙切れでした。どうやら自分の誕生会に招待状を書こうとしているようだったのですが、時期が時期ですし、誕生会なんて開いたこともなかったのに、当時の私はいったい何を考えていたのでしょう。
「おたんしようかい きてくたさい」
子供なりに一生懸命考えて書いたのでしょうけれど、濁点と拗音はまだ知らなかったようです。ついでに助詞も使えなかったようです。それから、下のほうに裏面への誘導のメッセージがあったのですが。
表面:「うら あります」
裏面:「おもて あります」
この「おもて あります」のところで笑ってしまいました。自分で自分にうけるというのも変な話ですが。表とか裏とかは、はっきりと決まっている場合もありますが、相対的な概念ですから、そのとき見ている面が表であると考えることができるのであれば、どのような面であっても「裏面をご覧ください」と書けば十分なはずです。
高校あたりから書いてきた日記は、日記といっても、その日あったことを書くというものでもありませんでした。今のブログに近いものを感じます。書くことによって考えをまとめようとしている痕跡が見受けられましたし、その頃からは日記とは、私にとってはなくてはならないものだったのかもしれません。日記というよりは、ネタ帳のような気がしなくもありませんが。
そのような経緯があるので、いまさら日記といっても、何を書いていいのかよくわかりません。いろいろなブログを拝見して、その日にあったことを報告されているところを見ると、こんなふうに自分も書きたいという一抹のあこがれを抱きます。
学校にいればネタは尽きないので、それを箇条書きにするだけで日記になるような気はしますが、さて、どの順序で書いたものかしら。
昨日、今日と、とても暑かったです。6月にして30度とか。平年を10度上回るとか。信じられません。暑いのが苦手な私は、いろいろな意味で生命の危機を感じました。
今日は学校へは白いワンピースを着ていきました(そういえば昨日も)。夏定番。これを着なければ夏がはじまりません。別に夏なんてはじまらなくてもいいのですけれど。夏がはじまらないまま秋がはじまってくれても、全然問題ないのですけれど。ともかく、着られるうちに着ておこうという、乙女なりのいじらしい魂胆なのです。実際に似合う似合わないはさておき、研究室でも、涼しげだとか似合うとかかわいいとか言ってもらえます。好きな格好をしてほめられるのは嬉しいものです。ただ、もし私が黒が好きな人間だったとしたら、夏は毎日黒いワンピースなのかと思うと、黒は熱を吸収しますし、ときどき熱中症で倒れたりしながらジレンマと闘いつつ、黒いお洋服を着たりするのでしょうか。それを思うと、私は白が好きでつくづくしあわせ者だと思いました。
夏はいつも以上に食欲がなくて、それでも3食欠かさない私は、よくアイスクリームで養分を補給します。大好きなのです。真冬でも、ストーブにあたりながら、ときに凍えながら食べるほど好きです。ちょっと自虐的すぎるかしら。冬のアイスクリームも一興。試してみる価値はあると思います。きっと新しい世界が拓けてくるはずです。
そのような事情から、夏場はアイスクリームを食事の代わりにしたりもするのですが、さすがに30度くらいあると、冷凍庫から出した瞬間に溶けはじめます。あれを見ていると、暑さがまた視覚的にも感じとれるようで、身の毛もよだつような恐怖をおぼえます。といっても、私はアイスクリームのどこが好きかというと、あの溶けかけているところにあるので、溶けるのは嬉しいのですけれど。口のなかの温度が低いのか、アイスクリームにしてもチョコレートにしても、なかなか溶けないのですもの。
夏といえば虫刺され。家にいれば父か妹が蚊の餌食になってくれるからいいのですが、学校にいる間にひざを虫にくわれてしまいました。私はいつも虫に変なところを狙われます。前にも書いたとおり、くるぶしに一直線に刺されたあとがあったり、私の見ている前でてのひらのど真ん中を刺されたり。あれはひどかったわ。気づいたので、振り落とそうとしたり、ふーふーして吹き飛ばそうとしても、蚊はかたくなに動こうとしなかったのですもの。そんなに私の血がおいしかったのか、どうしてもてのひらから吸いたかったのか、蚊の気持ちはよくわかりませんでしたが。虫の一生は短いですから、食事くらいゆっくりしていってほしい、少しくらい血を提供するのはかまわないと、おおらかに構えられるような人間になりたいものです。
結局、何を書いても、最終的には回想が入ったり自分の思考を展開したりして、そこがメインになってしまう傾向にあるようです。まあ、それでもよしとしましょう。